株式会社アクリートとの対談(2)
弊社COO松田と株式会社アクリートの対談がアクリートHP内のAccreteVoiceに
2回にわたり掲載されました。
スマートシティーは、小さな成功例をつくり大きく展開していく ――Digital Platformer代表取締役COO・松田一敬氏に聞く(2)
松田氏が代表取締役を務めるDigital Platformer株式会社は、デジタル地域通貨プラットフォームを手がけている。今回は、大阪・豊能町での持続可能な街を目指したスマートシティサービスへの取り組みや、地方自治体におけるスコアリングサービスの可能性についてお聞きした。
マイナンバーカードは実印、デジタルIDは認め印
田中 携帯電話番号のIDとしての可能性についてはどうお考えでしょうか。
松田 国民の8割は携帯番号を持っています。しかも少なくとも日本の場合はプリペイドじゃないから、ある程度のプロセスを経て、本人確認を経たうえで持っているわけです。それをそのまま有効に活用してあげたほうがいいですよね。
田中 そうですね。プリペイド携帯が犯罪に使われるという背景から、平成18年4月1日より携帯電話の不正利用防止法*という法律が整備され、電話回線を契約する時点で、かなり厳しい本人確認が求められるようになり、免許証、パスポート、住民票などのどれかの証明がないと犯罪対策ということで、音声回線契約はできません。実はこれはすごいことで、日本は特殊です。
*携帯電話の不正利用防止法:プリペイド携帯が犯罪に使われるという背景から、平成18年4月1日より携帯電話の不正利用防止法が整備され、犯罪に携帯電話等が悪用されるのを防ぐことを狙いとして携帯電話事業者は、携帯電話等の契約時及び譲渡時等に、音声回線を伴う契約をする際には、免許証かパスポートかマイナンバーカードなどにより契約者の本人確認が義務付けられている。
松田 メガバンクと言われるところは、それぞれ3000万から4000万の数の口座を持っているんですけど、そのうちのどれだけがKYC的に使えるのかというと甚だ疑問です。たとえば僕の三菱UFJ銀行の口座って、大学生のときにつくったものをいまだに使っています。僕の個人情報のアップデートなんかなんにもされていません。今の住所も勤め先もマイナンバーも何も聞いてこないわけですから。それを考えると、携帯電話番号は結構いい線いっていると思います。何しろ毎月決済がなされていますから。
田中 そうですね。履歴が更新されるので、その人がちゃんと存在しているということは分かりますね。携帯電話はライフラインなので、止まると困るから常にメンテナンスされています。
松田 さっき国民の8割が携帯番号を持っていると言いましたが、残りの2割は子どもが多く占めています。実は子どものIDって結構大変なんです。子どもはマイナンバーも自分で発行できないし、携帯番号も持っていませんから、個別にIDを取ってあげる必要があります。あと、たとえば住民IDだったら、住民票があればいいじゃないかと思うかもしれませんが、たとえば京都には、住民票を地元から移していない学生がたくさんいるし、旅行者や外国人もいます。本当は、自治体が持っている住民台帳ベースとかマイナンバーベースだと、できないことっていっぱいあるはずです。そのあたりは、デジタルIDをつくることで解決できることはたくさんあるのです。
田中 携帯電話はみんな持っているから、身近です。マイナンバーカードをずっと持ち歩くのは紛失するかもしれないし、危険ですよね。
松田 僕が言っているのは、マイナンバーカードは実印ですと。で、スマホに格納したデジタルIDは認め印と同じなんです。実印を持ち歩く人はあまりいませんが、認め印はみんな持ち歩くでしょう。
田中 本当にそうですね。普段の生活のなかでは認め印のほうが使われる機会が多い。
松田 しかも実印と紐付けることができることがポイントです。今の政府の方針は、「マイナンバーカードを持ち歩きなさい」です。だけど、それをスマホに格納したIDで全部代用できて、マイナンバーカードも読み込んでありますよというのであれば、みんな喜んで使うでしょう。
高齢化が進む豊能町を“リトルエストニア”にする
田中 豊能町での活動を詳しくお聞かせください。
松田 豊能町はコンパクトスマートシティプラットフォームと呼ばれるものを、大阪スマートシティーパートナーズフォーラム(OSPF)のなかの活動の一環としてやっています*。そこには総務省とか国交省とかもちろんついているんですが、基本的には「リトル・エストニア」と僕らは呼んでいますが、エストニアの電子政府みたいなものを、簡単に小さく自治体でもできるようにしようというのが大元の発想です。僕らはあまり高くないコストで、しかも個人情報保護の問題とかある程度セキュリティーを担保したかたちでできるものを提供しようとしています。豊能町を日本のまずモデル地域にして、これを人口数千人の町村から数万人レベルの自治体にまで広げようという考え方です。そうすれば、いわゆる基礎自治体のスマートシティー化が一気に進むんじゃないかと見ています。ID管理がしっかりできていて、住民サービスを住民が選べる。プラットフォームはほぼ無償で提供するけど、そこにいろんな企業や自治体が有償でサービスを提供していけばいい。そういう考え方です。
*大阪府、43市町村、企業、シビックテック、大学などが、“大阪モデル”のスマートシティ実現のために設立したのが「大阪スマートシティパートナーズフォーラム」である。市町村が抱える地域・社会課題の解決に向け、コーディネーター企業等を中心に、プロジェクトを進めている。このうち、急速な人口減少が進む豊能町においては、スマートシティサービスで持続可能な街にすることを目的に、子ども見守り、買物困難者支援、災害時避難支援などをテーマとしたスマートシティサービスの実証とともに、これらのサービスを町が提供するスマートシティアプリに統合することで、住民が簡単かつスピーディに各種サービスにアクセスできる環境(プラットフォーム)の整備を進めている。
田中 豊能町は、人口1万8279人で65歳以上が47.5%ですから、高齢化がだいぶ進んでいますね。
松田 高齢化に合わせたサービスが主になりますね。具体的には、タクシー配車サービスや電気自動車の貸し出しとか、日々の健康状態の管理、買い物サポート、地域通貨のキャッシュレス決済などです。そこの取りまとめIDを提供するということを僕らはやろうとしています。もともと豊能町はIDができるところを探していて、じゃあ一緒にやりましょうとスタートしたのですが、地域通貨もやることになったというので、地域通貨も僕らが担当しています。振興券みたいなデジタル商品券ですけど、それを提供するかたちです。次の展開として、ボランティアポイントみたいなものをやろうとしています。豊能町の町長さんは、このスマホサービスがあるから豊能町に住んでみたいなと思えるような形にしたいとおっしゃっていますね。
田中 ここで2万人弱ぐらいの自治体で成功したら、横展開するわけですね。少し話がそれるかもしれないですが、この行政のデジタル化とかDXの話の時に必ずエストニアの例が出てきます。なんで日本ではできないんだと言ったときに、国の規模が違うからという言い訳をよく聞きます。
松田 それは嘘です。やりたくない人がいっぱいいるから進まないだけです。岸田首相がデジタル田園都市戦略構想を打ち上げたので、エストニア型でいくのか従来型でいくのかは別にして、火は付きましたよね。ただ実際に数万人単位、数千人単位の基礎自治体にそもそもIT戦略を立てられる人間なんてまずいませんから、そういう人材を抱えている自治体か、外部企業と組んでいる自治体が先に走って事例を作っていくという感じになると思います。
田中 高齢化が進んだ地方では、住民サービスをデジタル化しようとすると、どうしてもデジタルデバイド(情報格差)の問題は避けられません。
松田 豊能町では地元の自治体と一緒にスマホ教室を開いています。みんな高齢者はデジタルデバイドがあると考えて二の足を踏むのですが、それだったらスマホ教室をやって、スマホを持ってもらおうと。それができない人だけ窓口に来てもらうようにする。とにかく全部デジタルにするという前提にしていかないと、結局いつまでも二重コストがかかってしまいます。実際、やってみたらお年寄りも平気でスマホを使いますよ。80歳でもやってみたら大丈夫。お年寄りはスマホ使えないから無理だという逃げ口上を使わせないようにするためのスマホ教室ですね。
地方自治体のDX化のボトルネックはどこにある
田中 行政サービスのDXは、どこの自治体もなんらかのスタートを切らなければいけないと思いつつ、切り方も分からないしリスクも負いたくないという状況があると思います。
松田 やっぱりコストの問題は大きいです。たとえばアクセンチュアが会津若松でやったデジタル化が日本の代表事例なんですけど、僕らがよく言うのは、「あれフェラーリだよね」と。普通の人はフェラーリ買わないわけで。カローラとかせいぜい頑張ってもクラウンで、レクサスになるとちょっとつらいよねというのが普通の自治体の感覚ですよ。だからカローラ仕様でできるスマートシティーをつくってあげなかったら無理なんです。フェラーリは買うのも高いけど乗るのも大変だし、維持も大変じゃないですか。
田中 自治体が、実際に住民サービスをデジタル化していく際のポイントはどこにありますか。
松田 いろいろありますが、まずは職員さんですね。豊能町でも、もともとIT産業に関わっていた人たちがデジタル担当になって話が進んだということがあります。技術的なことも含めて、ある程度知識のある人たちがそのポジションに来るようになりました。
田中 職員さんがデジタル化に向き合う意識の差は大きいですね。
松田 もう一つボトルネックになるのは、従来業務の紙ベースで残されているデータが全然デジタル化されていないことです。僕らが提供できるのは、ブロックチェーンベースの地域通貨のトレーサビリティーだとか、分散型IDですが、今ある紙のデータをそこに乗せるというのがすごく難しい。そこの標準化も全くなされてないですから。日本の場合って、番地の付け方とか読み方とか、住所すらも統一化されていません。そのあたりをどういうふうに解消していくのかという、本当に泥臭いベタな部分を効率的にできるチームが出てきたらいいなと思うんですけど。
田中 今のお話は本当にその通りですね。先ほどお話ししたように、僕らは沖縄県浦添市でのSMSを活用した「がん検診の受診勧奨」に協力していて、職員さんからはすごく便利だとおっしゃっていただいているのですが、何が一番困るかというと、携帯電話番号を役所に登録していない人がたくさんいることなんです。なぜかと言えば、住民情報を登録するシステムに携帯電話番号を記入する欄がないからです。本当は全部の方に携帯電話番号を記入してもらえればいいのですがそうはなっていない。
松田 家の固定の電話番号ではSMSは使えませんからね。
田中 そう。今のシステムが携帯電話番号を入れるようになっていませんと。そこは本当になんとかしたいんですが、健康課の職員さんにはどうにもできない。意外とデータに落とすとかデジタルに落とすところのペーパーレス化がネックになっていますね。
松田 そこが本当に大変なんですよ。既存のシステムに拘泥してデジタル化が進まないというのはよくある話ではあります。地域通貨でも同じことがあります。各地域でもポイントカードが発行されていたりするのですが、交通系カードの古いシステムに住民サービスを付けたりしているわけです。それが結構、重かったりして、バージョンアップができない。10年前にやっていたIT化が、実は今になって足を引っ張っているみたいなことが起きています。だからこそ、そこをクリアしたところが勝っていくんでしょうね。逆にあまりIT化が進んでいなかった自治体のほうがデジタル化を進めやすいかもしれません。
ウェルビーイングの視点からスコアリングサービスを考える
田中 あらゆる属性情報がID化して、そのIDを使った履歴そのものが信用度を強化していくという意味でいうと、スコアリングのサービスに近しいという気がしてきました。
松田 スコアリングサービスの話はもうすでにアリババがやっていますし、ソフトバンクやみずほ銀行もやっています。スコアリングを、お金を貸せるかどうかの判断に活用するというかたちですね。しかし、もっと他の観点からスコアリングを活用してもいいと思っています。今はウェルビーイング的な価値のほうが大事な時代になってきています。本当に実践できるかどうかわかりませんが、スマートシティーではそれが実現できると僕らの間ではイメージしています。政府は全デジタル化がどうとか5Gがどうとかと言うのですが、そうではなくて、デジタル化がウェルビーイングやマインドフルネスに寄与するにはどうすればいいのかを考えた方がいい。特に若い人たちにはそのほうが響くのです。それを実現できるスペースをリアルでもバーチャルでも提供してあげることが重要です。そのために必要な通貨やIDがどんなかたちがふさわしいのか考えていく必要がある。そのときに、お金を送る際に手数料が300円も取られるようなシステムではダメなんですよね。
田中 ウェルビーイング的な視点はすごく大事ですね。僕はこの前、海釣りに行ってきたのですが、海岸にはゴミの問題があります。この日はサーファーが全員9時であがって、海岸清掃に参加していました。自分は海岸を使わせてもらっているわけだから、住民ではないんですけれど、清掃に参加しているのですね。今お聞きしていて、そうした行為がスコアリング、信用スコアというよりも行動スコアなんでしょうが、そこに結びつくとすごく面白いなと思っています。何時間海を使ったので、その分清掃しました。それがスコアリングになって、この人はこの場所でサーフィンをしてもいいですよ、釣りをしてもいいですよ、というふうになれば、今の若い人たちは全然抵抗がないと思います。
松田 ある自治体さんと話をしていて面白いなと思ったのは、今日はこの公園を清掃しましょうとか、空き家周りのチェックに行きましょうとか呼び掛けるのですが、目標人数15人のところにせいぜい来るのは3人くらいだった。そこで来た人にポイントを付けますよとやったら、100人以上集まったというんですね。みんな参加したい気持ちはあるので、背中を押してあげるインセンティブが必要なんです。
田中 分かります。
ただしインセンティブの設定は、必ずしもお金ではなくていい。若い人たちは、お金よりも信用のポイントが貯まることの方を望んでいる気がします。ポイントが貯まると、町営の日帰り温泉利用券が貰えるとか、駐車場代が安くなるとかのインセンティブで、分かりやすい行動に対するリターンがあると行動変容を起こしやすくなるかもしれませね。
松田 そのときには、マイナンバーカードに紐付いたIDでなくてもいいんです。なんちゃってIDでもいいわけですよね。それを住民サービスに転換するためには、マイナンバーに紐付ける必要があるけど、住民サービスに転換しなくてもいい、ボランティアでやっているだけだからという人もいるはずです。一律ではなく、自分の意思でポイントを貯められるIDを選べるといいなと思います。
自治体の職員不足問題をスコアリングサービスで解決する
田中 自分の意思で個人情報の利用をある程度、決められることが重要になってくると思います。今までは、個人情報を扱う側の話ばかりに焦点が当たっていました。そうではなくて、「自分は自分の個人情報をこう使いたいんです。使ってほしいんです。だから開示します。提供します」と言えるような仕組みをつくっていきたい。そこでトレーディングも含めて全部トレーサビリティーができるのであれば、自分がたとえばごみを拾った行動に対して還付されるようになる。交換経済の仕組みとうまく連動して他の対価に交換されますというというふうになれば、面白いですね。
松田 行動をスコアリングしてIDに貯めていく仕組みは、行動変容にもつながるし、何より自治体にとっても必須になってくると思います。いいことをしたらプラス経済みたいな感じでみんなが動くようになる。今まではなんでも政府に頼っていましたけど、もうそれは無理ですから。
田中 「2030年問題」*ですね。これからどんどん公共セクターの職員の数が減っていきます。住民サービスを提供する職員の数が不足してくるので、誰かがそこをボランティアで担わなければいけなくなってきます。そうなった時に、信用スコアリング・行動スコアリング的なものがあると、いい意味での互換サービスになると思います。
*「2030年問題」:2030年問題とは、2030年には「人口の1/3が65歳以上の高齢者」になり、労働力人口の減少が懸念されている問題のこと
松田 僕らは豊能町で地域通貨をやっていますが、今はまだデジタル商品券みたいな感じです。これからはたとえば「歩くポイント」とか「ボランティアポイント」とかが、住民サービスに交換できるという仕組みをどうやって作るかが、この2022年度の課題になっています。